COMPANYTANK  > カンパニータンクトップページ    
CONTENTS
カンパニータンクとは
インタビュー
インタビュア一覧
業種別一覧
カンパニータンクご注文
バックナンバー
Interviewer
秋川 リサ
秋川 リサ
(アキカワ リサ)
■女優
■15歳でテイジン専属モデルとしてデビュー以来、女優、コメンテーターを中心に幅広く活躍中。主な出演に「おもいッきりテレビ」「こたえてちょーだい」など。また、もう一つのライフワークであるビーズ刺繍の作家としても活動。
五十嵐 めぐみ
五十嵐 めぐみ
(イガラシ メグミ)
■女優
■愛知県名古屋市出身。淑徳学園高校卒業後、TBSドラマ「さかなちゃん」でデビュー。主な出演作品に「スワンの涙」「渡る世間は鬼ばかり」「3年B組金八先生」などがある。
岡安 由美子
岡安 由美子
(オカヤス ユミコ)
■女優
■東京都出身。フジテレビジョンのオールナイトフジの司会で人気を集め、以後女優、歌手として活躍。主な出演作品はTBS「男女7人秋物語」NHK「武蔵坊弁慶」など。一方でレーサーとしても活動、A級ライセンスを持つほどの腕前。
小柳 ルミ子
小柳 ルミ子
(コヤナギ ルミコ)
■歌手・女優
■福岡県出身。宝塚音楽学校を首席で卒業後、1971年「私の城下町」でデビュー、日本レコード大賞を受賞。以降、「瀬戸の花嫁」「おひさしぶりね」「今さらジロー」など多数のヒット曲を輩出。また、女優として映画「白蛇抄」やドラマ「鍵」「家なき子」などに出演。他にも舞台、バラエティなど精力的に活動している。
大門 正明
大門 正明
(ダイモン マサアキ)
■俳優
■1949年兵庫県出身。
早稲田大学商学部卒業の後、俳優の道へ。主な出演作品に「ウルトラマン80」「ゴジラ対メカゴジラ」「大岡越前」「水戸黄門」「キッズ・ウォー4」などがある。
高瀬 春奈
高瀬 春奈
(タカセ ハルナ)
■女優
■フェリス女学院中・高等部、早稲田大学第一文学部演劇化卒。文学座養成所13期生。1977年、NHK朝の連続テレビ小説「一番星」ヒロイン「佐藤千夜子」役でデビュー。以降、ドラマや映画を中心に存在感のある女優として高い評価を受けている。
矢部 美穂
矢部 美穂
(ヤベ ミホ)
■女優・タレント
■北海道恵庭市出身。1992年、「New MOMOCO CLUB(ミスモモコ)」でグランプリ(学研主催コンテスト応募者およそ12000人)の受賞を契機に芸能界へ。16歳で上京し、以降、雑誌,グラビア等で活躍後、バラエティ番組でテレビデビュー。現在はテレビ、ドラマ,舞台,写真集等で幅広く活動中。
若原 瞳
若原 瞳
(ワカハラ ヒトミ)
■女優
■静岡県出身。歌手・若原一郎(故人)の長女。一時子育てのため、芸能活動を休止。現在では日本テレビ「午後は○○おもいッきりテレビ」レギュラー出演の他、情報・旅行番組等にも出演している。
熱く、強い想いを
自分の中に、社全体に
そして揺るぎない事業を展開
 トップページ > 6月インタビュートップ > 株式会社 グリーンパーク 代表取締役 安冨 輝
 
株式会社 グリーンパーク 代表取締役 安冨 輝 安冨 輝(ヤストミ アキラ)
株式会社 グリーンパーク 代表取締役

京都府出身。高校卒業後、某大手自動車メーカーで実業団剣道の選手として活躍するも故障を機に引退。約3年間建設現場の手伝いで生計を立てた後、家庭用電化製品及び医療機器販売会社に就職。社の東京進出に伴い上京し2001年独立。以来、着実に業績を伸ばしている。

株式会社 グリーンパーク
(本 社) 〒144-0034 東京都大田区西糀谷4-24-10
(営業所) 〒144-0047 東京都大田区萩中3-1-3
0120-68-6089
URL http://www.greenpark.jp/
お知らせ
 
  「優しさとは?」
小柳: 社長が今のお仕事をされるようになった経緯を教えて下さい。
安冨: 私は高校卒業後、大手自動車メーカーで実業団剣道の選手をしていました。しかし3年目に故障してしまい、回復が遅れるうちに選手層の入れ替えにあい、引退を余儀なくされました。退職後に従事したのは現場仕事です。もともと起業願望があり、人を雇う立場になったときのために人並み以上の苦労を経験しておきたいと思ったので、将来に備え、あえてキツイ職種を選んだのです。
小柳: 怪我が人生の大きな転機になったのですね。しかし心を折らず、むしろ本来の目標に向けスタートを切った。その後の展開は?
安冨:
現場では職人の荷担ぎをしました。楽しかったですが、3年後に潮時を感じ転職を決意しました。しかし当時は、いずれ一城の主にと思うだけで何をやればいいか分からず、とにかく何も考えず求人誌を見て一番給料の良いところに飛び込もうと決め、大阪の整水器販売会社に応募しました。面接の際に聞いたのは「御社が考える、社員への優しさとは何ですか?」という問いです。すると面接官は「それは厳しさです」と答えました。それを聞いて「この会社でならやっていける」と確信しました。もしあのとき甘い答えを聞かされていたら…。そう思うと運命を感じますね。
 
▲このページのTOPに戻る
  成長への糧
小柳: あえて厳しい状況に飛び込み真実を掴もうとする姿勢、非常に共感を覚えます。 またその面接官も素晴らしいですね。ではその出会いを通じ、現在のアルカリイオン水生成器販売の世界に入ってこられたわけですね。未経験から始められて現在まで、いかがでしたか。
安冨: お客様に喜んで頂けて、嬉しくて涙したこともありますし、逆にクレームを頂戴して悔し涙を流したこともあります。飛び込み営業は苦労も多いですが、この事業は「子供のアトピーが治った」「体調不良が改善された」など本当に嬉しい反響がダイレクトに返ってきますので、やり甲斐は大きいですね。
 しかし上京当時は大変でした。社の東京進出に伴い、辞令のわずか3日後に後輩と二人で当座の生活用品を車に詰め込み上京したのですが、入った先は社が事務所兼住居として借りた1Rマンションで、段ボール箱を裏返して机にする状況でのスタートでしたから。大阪で100人近くいた部下は1人に減り、オフィスもない。しかしあるとき知人から「ソフトバンクの孫さんも最初は3人で、ダンボールの机で始めたんだよ」と成功者共通の苦労話を聞かされ、形に拘る必要はないと悟りました。それからは社の看板を背負う使命感とプライドにかけて頑張りました。
小柳:
それも大きなポイントですよね。 相手の言葉を素直に受け入れるピュアな心と、責任から逃げずに頑張る根性があるかどうか。社長は両方を持っていたと。その後輩も偉かったですね。
安冨: そうですね。ただ、狭い部屋で寝食を共にして働くうちに上司−部下の縦の関係が変わってきたことには非常に悩みました。私にも問題はあったのでしょう。それまでは優秀な営業マンとして人間的にも強い面しか見せなかったのが、環境の影響とは言え、弱い面、馴れ合いを生じさせる面も見せてしまっていたはずですから。当然売上も下がり、3カ月経ったある日、本社とかなり突っ込んだ電話をしました。私は部下を管理できなかった汚点を知られまいと無意識のうちに弁解を続けましたが、上司はそれを見抜き「本当の事を話してみろ」と言って下さり、私が「実は‥‥」と事情を吐露すると大阪の社員を一人、すぐに東京に出してくれました。それからです。3人体制に変わり、縦の関係を軸とした「組織」としての在り方を我々が再び取り戻したのは。
小柳: 自分の弱さを認めるには勇気がいりますし、それを引き出した上司も見事ですね。流れも変わったのでは?
安冨: 全く変わりました。最終的に自分たちの売上で事務所を建て、社員も20人近くに増やせました。それで私も務めを果たし終えた気持ちで平成13年、念願の独立に踏み切ったのです。その際も社長は社員を3人譲って下さるなど本当に良くして下さいました。今も感謝で一杯です。
 
▲このページのTOPに戻る
  今の向こうにある未来
小柳: 以来6年。省みてどんなことを思われますか。
安冨: 私はずっと「教育」がしたかったのだなと、今になって分かります。これからは私が経験で学んだこと、苦労さえも楽しんで前向きに頑張れば仕事の喜びや権威、収入は必ず付いてくるということを後輩にしっかり伝え、各自が率先して高みを目指し頑張れるような社にしていきたい。セールスの王道とも言われる、一番厳しいこの業界で、彼らは思い通りにいかない事に多々直面するでしょう。しかし私は、それを神様が与える試練だと信じたい。そこでやけくそにならず諦めず、素直な心と澄んだ目で、全身全霊でお客様に向き合う高潔さを保てれば、その熱意はきっと伝わります。思い通りにいかない事にも一途に立ち向かう彼らを、今は素直に褒めてあげたい。恥ずかしながら私も2年前までは、社員を引っ張るつもりで逆に萎縮させてしまう間違いを犯していました。社員は定着せず、最後の一人が辞めるかどうかという瀬戸際でやっと自分の傲慢さに気付いたのです。振り返ると私はそれまでもずっと、先輩社長など、真摯に忠告して下さる周りの方々に恵まれていました。その方々に「俺は社長だ」という思い上がった意識でどう接してきたか。気付いたときは恥ずかしかったですね。
小柳: 人間、調子の良いときは物事の本質が見えませんよ。大事な物は失って初めて気付きます。その学びさえあれば、これから壁にぶつかってもきっとそれを乗り越えて一番良い方向に進めるでしょう。良い経験をされましたね。
安冨: どの仕事も売上より「人」ありきの考えが大切だと思い知りました。
今はこの考えの正しさが業績という形でも証明されると確信しています。
小柳: 一皮剥けた社長と御社の未来が楽しみです。最後に、社長の夢を教えて下さい。
安冨: 先程も「教育」についてお話をさせて頂きましたが、私には幼い頃から学校の先生になる夢がありました。今から実現することは正直難しいと思いますが、いつか「故郷に錦を飾る」ことが出来ればとも考えるのです。これからは自分の経験を多くの人に伝える意味でも、営業職が現在の社会で更に見直されるべきだと思います。
 そこで、優秀な人材を育てる為、営業専門職の学校を創りたいと考えています。
 しかし今は、私にはやるべきことがあります。社員皆が活き活きと働き、思いきり稼いで、思いきり遊べる会社にし続けていくこと。それが私の今の仕事です。
 
  <GUEST COMMENT>
非常に芯の強い、気骨溢れる社長でした。「厳しさこそ優しさ」という考え方は、何事につけ楽なほうへ、分かり易いほうへと流れてしまいがちな今の世の中で、むしろそんな世の中だからこそ見直されるべきだと思います。まだお若いですから、可能性はこれから大きく広がっているはず。どうぞしっかりご活躍なさいますように。(小柳 ルミ子)
 

▲このページのTOPに戻る
 
 |会社概要当サイトについてサイトマップお問い合せ