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自分に目覚めて |
| 岡安: |
まずは中村社長のこれまでの歩みから聞かせて頂けますか。 |
| 中村: |
私は練馬で生まれ、高校を出て大手OA機器メーカーに就職しました。当初は大学進学を予定していたのですが、高校の先生に「君は一度社会の中で揉まれてからでなければ、大学に進んでは駄目だ。」と家に来てまで言われまして…。 |
| 岡安: |
当事は今よりはるかに学歴偏重社会でしたから、かなり珍しい先生だったのではないですか。どうして先生はそう思ったのでしょうね。 |
| 中村: |
| 当事の私はかなり引っ込み思案で無気力な子供でしたから。今の私を見ると信じられないかもしれませんが(笑)。ただ、その先生が家に来たのが11月で、もうどこも就職試験は終わっていて、私は親戚の縁故入社でそのOA機器メーカーへ営業員として入社したんです。 |
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| 岡安: |
社会人の第一歩はいかがでしたか。 |
| 中村: |
周りは皆大卒の中、私一人が高卒でした。当事はディスコが流行っていて、毎晩のようにどこかの営業所から声が掛かって遊びに行っていましたね。本当にたくさんの先輩方にかわいがって貰いました。 |
| 岡安: |
あら、ということは、引っ込み思案だったのは治ったのかしら。 |
| 中村: |
ええ。ここが転機でした。礼儀作法や人と話すことを覚えました。自分というものに目覚めましたね。やればできるというか、そういう環境にいると変わらざるを得ないというか(笑)。 |
| 岡安: |
それが自信に繋がったのでしょうね。実際の仕事についてはいかがでしたか。 |
| 中村: |
当事は売り上げ至上主義で仕事はつらかったです。でも、その分様々なお客様と出会い、その会社には3年ほど勤めていたのですが、本当に学ぶことの多い職場でした。 |
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「君には将来がある」 |
| 中村: |
当時、お客様の一人にブロック協会の会長がいたのですが、私に「見込みがある」と言って下さり、その方の推薦で私立大学の土木科へ進学を勧められました。その後学費も出して頂けることになり、話は進んでいったのですが、その話は結局断ることにしました。なぜなら、縁故でというところに後ろめたさがあったからです。私は会社にも縁故で入りましたよね。当時から、今の環境は自分で勝ち取ったものではないということを少しずつ感じるようになっていまして。 |
| 岡安: |
そうですか。会長からすると育ててあげたかった人物が手を離れて少し寂しかったかもしれませんが、中村社長にはそのほうが良かったのかもしれませんね。 |
| 中村: |
ええ、会長へは「自分の力で大学に入ります」と言って断りました。その時に言って頂いた「君には将来がある」という言葉は今も胸に刻み込まれています。その後、21歳で国立大学に入学しました。せっかく入れましたので、毎日真剣に勉強を続け、最終的には大学院にまで進み、経済学修士を取得しました。その頃はかなりの量の本を読み続けましたね。それに加えて、学校を卒業すれば起業したいとの想いから、自分で企画したアクセサリーをいくつかのブティックへ卸していました。でも、その頃付き合っていた女性と学生結婚することになりまして。 |
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| 岡安: |
あら、でもご自身でお仕事を企画できるほどなら、それで一家を養っていくこともできますよね。 |
| 中村: |
| いえ、家庭を持つということはやはり大きな責任でしたから、自分のやっていた事業は一旦打ち切りまして、学校を卒業し大手家具メーカーに就職したんです。やはりいつかはまた自分で事業を興したいと考えていましたので、その会社でも総務や人事関係の経営に直結する仕事を希望して入りました。とはいっても最初はやはり1500人いた営業マンの一人からのスタートだったのですが、当時その会社の総務部門の上層部には全く魅力が感じられず、「このままじゃいけない、自分がこの会社を変えてやる!」という意気込みで日々取り組むことにより、トップセールスマンになることができたんです。しかし、いつまで経っても総務に回ることができなくて…。 |
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| 岡安: |
それはそうですよ。会社がトップセールスマンを総務に回すわけが無いじゃないですか。 |
| 中村: |
ええ。後から考えると当たり前のことだったかもしれませんが。そしてその会社で2年間ほど勤めた後、お客様の一人だったある水道部材のメーカーからバイタリティーを認めてもらい、総務としてスカウトされまして、結局そちらへ移ることになったんです。その会社では、総務人事と経営企画全般を担当していましたので、様々な名士の方々との人脈ができました。 |
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IPOに関わり大きく飛躍 |
| 岡安: |
その会社では何年ほどお勤めになったのですか。 |
| 中村: |
経営企画・総務・人事と15年程ですね。その会社は全国20箇所に営業所を持つ中堅企業でして、将来的に上場させる予定だったんです。社員を採用するときにも「この会社は大きくなり、国際的企業へと成長する!」と皆に言っていましたので、850人ほどいた社員が皆株を買うわけです。その様な状況の中、当時はIPOといっても今のように頻繁に行われていたわけではありませんでしたので、私は独学で会社を上場させる方法を勉強し、証券会社や銀行に行き交渉しました。そこで、資本金も集まり、後は実行するのみとなったところで、その株式上場案が役員の間で否決してしまったんです。 |
| 岡安: |
えっ、どうしてですか。 |
| 中村: |
結論から言いますと、株式を公開すれば会社は公器となり、現有経営陣に重い責任が圧し掛かると、ある公認会計士に指摘されたんです。でも、せっかく期待していた社員には申し訳が立ちませんよね。それに私もある意味人生を掛けていたといっても過言ではないほど力を入れていましたので、結局その後IPOを予定しているマンションデベロッパーの会社にヘッドハンティングされ、転職しました。 |
| 岡安: |
今は不動産関係のお仕事もされているとお聞きしましたが、そのお仕事はそちらで学ばれたのですね。 |
| 中村: |
ええ、そうです。そこでは破格の待遇で、1年半後にはC,O,O,(最高執行責任者)としてナンバー2の位置に抜擢されました。そこの社長は内気な方でしたので、代わりに私がIPOに向けてどんどん進行させていきました。そして10数億円程融資が集まったのですが…、そのときになって社長が尻込みをしたんですよ。忘れられません、ある日早朝に社長から突然電話が掛かってきて「社長を辞めたい、中村さんに代わってもらえないだろうか」と。 |
| 岡安: |
そこまで融資が集まっているのに…。逆に中村社長にとってはチャンスなのかしら。 |
| 中村: |
いや、とんでもないですよ。それでは私が乗っ取り屋のように思われてしまいます。周りの方々にも社長の名前でお金を集めてきたのですから、対外的には代わることは不可能です。このままでは社員に対してもまた責任が取れなくなってしまいますので、株主総会の決議を採ってから、知り合いの不動産会社の社長へ相談に行きました。その会社はちょうど上場したばかりで東京への足がかりを求めていましたので、M&Aの話となり、3ヵ月後M&Aを行うことになりました。 |
| 岡安: |
ドラマあふれる人生でしたね。その後独立し、今に至るというわけですか。 |
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癒しのホテルを―― |
| 岡安: |
最初は「株式会社 日本財建」として独立されたんですね。 |
| 中村: |
はい。2003年に、不動産事業とコンサルタント業を主要業務として立ち上げました。IPOで日本財建を上場する気はありません。でも、その代わり何歳になっても、社員は勤めることができ、細々とでもずっと続けていくことのできる会社というのがこの会社のコンセプトです。 |
| 岡安: |
やはりIPOはそれほど大変なのですか。 |
| 中村: |
そうですね、しかしながらコンサルタント業を通じて様々な方と知り合う中で、ある時ホテルの運営をやってみないかという話が舞い込んできました。日本にはホテルの運営を手掛ける会社というのは、大手を除くとあまりないんですね。でも、どこのホテルオーナーも運営のノウハウは持っていませんので、運営会社に頼むしかありません。ホテルの運営というのは、人を見て、どう宣伝し、いかに会社の収益力を上げていくかということが求められるのですが、まさに私にうってつけの仕事に思えました。そして立ち上げたのが「株式会社 エフ・イー・ティーシステム」でして、すでに何件かホテルの運営を手掛けているのですが、今はこの会社を上場させたいと思っています。 |
| 岡安: |
中村社長にとって自分自身のための初めての上場目標設定ですね。 |
| 中村: |
そうですね。今社員は十数名ですが、一つホテルの運営を受託する度にそこのスタッフも当社の雇用になりますので、これからは鼠算式にスタッフが増えていく予定です。全力で取り組んでいますので、これで駄目ならもう私の人生に悔いは無いですね(笑)。 |
| 岡安: |
これまでとは違って、今回は中村社長が経営者ですからきっと上手く行きますよ。そういう意味でも実際に経営者の立場になってみていかがですか。 |
| 中村: |
これが不思議なのですが、自分のことはなかなか上手くできないんですね。私は日本財建として、IPOのコンサルタントもやっているのに(笑)。今は優秀な弁護士さんや、再生専門のコンサルタントに入ってもらっています。この立場になって、どうしてコンサルタントが必要とされているかがはっきりと分かりました。 |
| 岡安: |
コンサルタントに何を言って欲しいか、コンサルティングされる側になって初めて分かったという訳ですね。 |
| 中村: |
ええ。立場によって、社長もコンサルタントも副社長も、それぞれ見ている方向が違います。そうすると皆でがんばろうと言っても、それぞれが違うロケーションでがんばる訳です。それによっておかしくなる企業も非常に多い。 |
| 岡安: |
なるほど、今の立場に立ってこそ分かる事柄ですね。ご自身の仕事においてもやはり変化はありましたか。 |
| 中村: |
この会社ではまだ半年程しか経っていませんが、人を見る目だとか、事業を推進する上での心掛けから変わりましたね。「小異を捨てて大同につく」といいますか、以前は微に入り細に入り取り組んでいましたが、今はもう時間内に最大限の成果が出るような方向に大枠の判断でシフトしています。大きな着眼点に立ってやらないと仕事はぶれてしまいますから。ですから、逆に以前だと無駄だと思っていたことにも先行投資をしている点もあります。 |
| 岡安: |
以前よりも大きな視野で全体を見ることができるようになったということでしょうか。これからはどのような事業展開を考えているのですか。 |
| 中村: |
エフ・イー・ティーシステムが運営するホテルを「セレクト・インターナショナル・ホテルズ」というブランドで全国展開していく予定です。今後は上場し資金を集めて、規模の大小に関わらず、シティーホテルからビジネスホテルまで扱いながら、これまでにない新しいカテゴリーのホテルを創造しようと考えています。私も出張で頻繁にビジネスホテルは利用しますが、どこも全く同じような無味乾燥なホテルなんですね。面白みや家庭的な温かみなんてどこにも感じられない…。 |
| 岡安: |
ええ。すごく分かります。仕事の後にそんなホテルに泊まっても疲れが取れないですよね。 |
| 中村: |
そうなんです。「だったら癒されるホテルを創ろうよ」ということで、新たにビジネスホテルから憩いホテルへと移行する文化を創造しようと取り組んでいます。例えば、ホテルの下がラウンジで、ちょっとしたダンスフロアをつくるとか、エネルギッシュな、仕事とは別に自分が燃えることができるような、そこに行けば様々な人と交流して楽しく過ごせるような、そんなコミュニケーションの場として利用してもらえるホテルを作りたいんです。 |
| 岡安: |
なんだか海外のホテルみたいですね。夜もずっと開いていて、知らない人同士楽しく飲んでいるような。 |
| 中村: |
私もラスベガスでカルチャーショックを受けました。ホテルの中にアミューズメント施設があって、カジノがあって、24時間音楽が鳴って。世界最大クラスのホテルが立ち並んでいます。やはり文化が違うんですね。元は砂漠の町ですから、そこには産業が無かったんです。ただ、遊ぶだけです。でも、人口も毎年7万人近く増え続けています。私はそこを見て、新たに日本に活力を出すためには、大人でも子供でも遊べる、楽しい人生を謳歌できる場所を作らなければいけないのではと痛切に感じました。遊び感覚を大切に、ホテルの中にその様なものを作りたいんです。 |
| 岡安: |
日本人は遊び下手だと言われますが、今後はよりよい社会のためにも、その様に上手く遊べる場というのが必要になってくるのでしょうね。私も仕事柄ホテルに泊まることが多いのですが、中村社長の創る「憩いホテル」期待しています。 |
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小粒でもピリッとした会社を |
| 中村: |
私は今44歳なのですが、60歳にはハッピーリタイアということで仕事をすべて社員に委託して、その後は社会貢献として、中小企業の業績を伸ばすためのコンサルティングを無償でしていきたいと考えているんです。 |
| 岡安: |
えっ、まだまだこれからじゃないですか。その想いは一体どうしてですか。 |
| 中村: |
日本という国をイタリアのようにしていきたいんですよ。イタリアは一時期、累積赤字によってもう衰退していく一方ではないかと言われていましたが、EU統合により金融政策や中小企業政策を打ち出して見事復活しましたよね。そのイタリアでは99パーセント以上が中小企業なんです。日本の経済構造は大企業で構成され、そこから特定の人物に利得が流れていきます。私はイタリアのように、小さくても楽しく元気がある会社をどんどんこの日本で伸ばして行きたいと思っています。山椒の様に小粒でもピリッとした会社を。将来的にはその為に生きていければと考えています。 |
| 岡安: |
それが日本経済の復興に繋がれば、そんなにすばらしいことはありませんよね。今日は中村社長とお話して元気を分けて頂きました。これからもご活躍をお祈りしています。
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