コラム

老舗企業 担い手の道

 
アツアツのかつに、たっぷりかかったみそだれ──今や大衆料理として誰もが知る“みそかつ”の専門店「矢場とん」。戦後間もない1947年に名古屋で創業した同店は、“お腹いっぱい食べる”という幸福を人々に与えてきた。時は流れ、空腹をすぐに満たせる時代になった現代で2014年に(株)矢場とんの3代目社長に就任した鈴木拓将氏は、今の時代に顧客や社員が求める幸福について考え、それを事業に反映させるべく日々道を模索している。「特別なことはしていない」「できることをやるだけ」。そんな言葉の衣に切り込みを入れると、そこには湯気が立ち上るほどの情熱が秘められていた。
 
 

当たり前のことを当たり前に

(株)矢場とんの3代目社長である鈴木拓将氏は1998年、25歳の時に家業へ入った。2017年に創業70年を迎えた歴史ある名古屋の老舗みそかつ専門店は当時、従業員の勤務態度に大きな問題を抱えており、現場に出た鈴木氏は、すぐに改革に乗り出すこととなる。

「私が家業に入った当初、店の若い従業員たちが何時に店に来るのかを誰も把握できないほど、ぐちゃぐちゃの状態だったことを覚えています。余裕を持って出社時間より少し早く来るとか、身だしなみを整えるとか、そうした当たり前のことができていない。これは人材育成うんぬん以前の問題だと思って、まずは自分が一番早く出勤して一番遅く退勤するということを実行し、開店前の仕込みから閉店後の掃除まで、勤務態度で気になるところがあれば全て本人に指摘していきました。そうすることで自ずといい加減な人間は当店から離れていき、代わりにやる気のある人間が新たに入ってきてくれて。おかげで私も自由に動けるようになり、これまで対応できていなかった出店のオファーも受けられるようになったのです」

鈴木氏の尽力により、名古屋市に1つしかなかった「矢場とん」の看板は、2014年に同氏が代表取締役に就任した頃には、7都道府県で20を数えるまでに増えていた。しかし、そこには明確な経営戦略があったわけではないという。

「通常、企業というのは5年から10年の中長期戦略を持って事業展開をしていくものなのですが、私にはそんなビジョンはなくて、ただその時やるべきことを続けてきただけなんです。店舗展開にしても、良い場所があって人が育てば出店できるし、そうでなければしない。だから、増やそうと思って増えたというよりは、しっかりした育成をするうちに自然と店舗も増えていったという感じですね」

即断即決が行動力の秘訣

「ビジョンがない」と鈴木氏は語るが、それは決して物事を行き当たりばったりに対処しているということではない。むしろ、目の前のことを極力シンプルにとらえ、不確かな先行きについて、無駄な時間を費やさずに決断を下せる同氏の強みが、その言葉に表れている。

「私は、5分考えても答えが出ないことについては考えないようにしているんです。何かを決断する際に、5分で決められない場合はどっちでも良いことなんだろうと。もちろん、選択を間違えて失敗したことは何度もありますが、それで落ち込むよりは次にどうすれば上手くいくかを考えれば良いだけの話ですし、基本的にポジティブなので心が折れたことはないですね。これは、社員の働き方にも通ずるところがあると思っていて、『考えても分からないことはすぐに聞いてこい』とみんなに言っています。聞いてくれれば私が指示を出せますし、もしそれでダメでも私が責任を負えば良いんですから」


 

「今」へのこだわりが進化を生む

未来より今と向き合い行動する。鈴木氏に通底するその考え方は、「矢場とん」の店舗づくりにも反映されている。

「時代に合わせて店を進化させていくということはもちろん必要ですが、まだやって来ていない未来を基準に考えて何かを変えることは難しいですから、やはり『今』という時代を正しく理解し、お客様が矢場とんに求めるものを考えた上で、“今より良い店”や“今よりおいしいみそかつ”を追求するべきでしょう。逆に、味付けを含め、変えてはいけないことというのはないと思っています。だって、コーヒーに砂糖3杯とミルクをたっぷり入れていた30年前の世代と、ブラックコーヒーを当たり前に飲んでいる今の世代とで、味覚が同じなわけないじゃないですか。その時々で『おいしい』が変化するなら、自分もそれについていかないといけない。だから、喫煙者が減っているならタバコをやめたほうが良いですし、低糖質が流行っているなら自分でも試してみるとか、時代が求める味覚とのチューニングは欠かさないようにしています。まだ開発段階ですが、『糖質0のみそだれ』というのもすでに考案しているんですよ」

また、時代に即したものを追い求めるという点で、鈴木氏はプロモーション方法についても鋭い感覚を持っている。

「一昔前まで、お客様が飲食店の情報を知るためのツールは雑誌かテレビでした。しかし、今はSNSが普及したことで、お客様同士の情報交換が主流となっています。つまり、こちらが選定・編集できない写真や映像が公にされ、それがお店の評価につながることもあるんです。もちろん、そのことが良くないと言いたいのではなく、それなら今のスタイルに合わせた営業をすれば良いのかなと。例えば、当店では仕上げにかつの上にみそだれをかけてお出しするメニューがあります。そのみそだれを、以前はキッチンでかけていたのですが、最近はシェフがお客様の目の前でかけるようにしました。その際、お客様に『シャッターチャンスですよ。お写真を撮られるならぜひこのタイミングでどうぞ』とお声掛けするんです。そうすることで、皆様に一番おいしい状態のみそかつを撮って頂き、今の流行である“インスタ映え”する瞬間を提供できますし、SNS上でそれが公開されれば当店としても何よりのプロモーションになります。ホールに出てお店の状況を確認できるという意味でも、この役目は各店舗の料理長に任せることが理想だと思っているので、今後さらに浸透させていくつもりです」

社員の幸せが会社を活性化させる

「矢場とん」には現在、170人以上の社員が在籍している。鈴木氏は、その一人ひとりの生活を可能な限り把握し、時には面談の場を設けるなど、本人のライフスタイルを考慮した働き方を提案することもあるという。

「きちんとした仕事をするためには、その人がきちんとした生活をしていることが重要です。誰しも、家族や自分の幸せのために仕事をするのですから、もしも生活や家族関係のことで悩んでいそうな場合は、私が自ら相談に乗るようにしています。結婚して子どもが生まれたらどうするのか、離婚しそうだったらどうするのか・・・プライベートに踏み込みすぎだと言われるかもしれませんが、そういった家庭の問題について相談できる相手は意外と少ないもの。それに、給料や労働時間が関わっていることなら、私が聞いて提案してあげるのが一番だと思うんです」

社長自ら、ここまで従業員一人ひとりの生活を気に掛けるというのは稀有なことに思えるが、実はこのスタイルは当代に限ったものではない。創業者である祖父から受け継がれ続けている信念に裏打ちされたものだと、鈴木氏は語る。

「私の祖父はもともと氷店を営んでおり、戦後間もない頃に保存ができるからと、優先的に食べ物を配給してもらえたことで今の事業を始めました。そして当時の従業員たちに、『うちで働けば、家族みんなを腹一杯にしてあげるから』と言っていたそうです。従業員とその家族の幸せを第一に考えるというのは、創業時から続く当社の理念なんです。今はもう、食べ物のことで困る時代ではありませんから、それならより豊かな生活を実現させてあげることが幸せにつながるのではないかと思っています。私がこういう考え方をしているからか、最近は従業員同士で互いの生活について話し合い、心配な者がいると報告してくれることもあるんです」

他にはない風土で従業員との強い信頼関係を築いている鈴木氏。中長期のビジョンはないと話しつつも、最後に自身の夢について尋ねてみると、こう答えてくれた。

「2047年に当社は創業100周年を迎えます。その時、私は74歳ですが、一体何人の人間と100周年を祝えるのだろうと考えているんです。できることなら、1人でも多くの仲間たちと一緒にその瞬間を迎えたい。ただ、それが1人になるか1000人になるかは、全て私自身にかかっています。

会社の成長に必要なのは『できないこと』への挑戦ではなく、『できること』を積み重ねていくことだというのが私の考えです。この先も、今できることを決して疎かにせず、ふと振り返った時に成長を実感できるようひたむきに歩んでまいります」

 

■プロフィール
株式会社 矢場とん
代表取締役 鈴木 拓将
 
愛知県名古屋市出身。みそかつを主力商品とする飲食店「矢場とん」を展開する(株)矢場とんの3代目として、子どもの頃から家業を手伝う。学業修了後はホテルに入社して接客業の経験を積み、1998年に25歳で家業へ。キッチンやホールなど現場作業に携わる中で従業員の勤務態度の改革を行い、サービスの向上を実現する。優秀な人員を育てつつ店舗数も増加させ、2014年に代表取締役に就任。「仕事は家族を幸せにするためにやるもの」という考え方のもと、社員一人ひとりの生活環境を常に気にかけ、自ら相談に乗るなど、独自の経営スタイルで人心を掌握し、増収増益を続けている。
 
 
■会社情報
株式会社 矢場とん
本社所在地 〒460-0011 愛知県名古屋市中区大須3-6-18
創業 1947年5月
設立 1953年1月
資本金 1000万円
URL http://www.yabaton.com/
 
 

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