コラム

シネマでひと息 theater 4
良質な映画は観た人の心を豊かにしてくれるもの。それは日々のリフレッシュや、仕事や人間関係の悩みを解決するヒントにもつながって、思いがけない形で人生を支えてくれるはずです。あなたの貴重な時間を有意義なインプットのひとときにするため、新作から名作まで幅広く知る映画ライターが“とっておきの一本”をご紹介します。

ビジネスのかじ取りにあたって大切な要素の1つに“未来を予測する力”が挙げられるかと思います。これから3年後、5年後、そして10年後、私たちの生活は一体どうなっているでしょうか。日々テクノロジーの進化が目覚ましく、かと思えば世界中を覆うウイルスのまん延、それに輪をかけて経済的な不安も大きくなっている現代社会は、ともすれば一寸先すら見通すことの難しい状況にあると言えるかもしれません。

さまざまな映画に触れていると、時として“未来を見通す”ことに果敢に挑む作品と遭遇します。これらは「SF」というジャンルと呼ばれることも多いでしょう。例えばリドリー・スコット監督の『ブレードランナー』(1982)、あるいは大友克洋監督の『AKIRA』(1988)などは、一見すると壮大で絵空事のような未来を描いているかに見えて、細かなテクノロジーや人の心の中で起こりうる変化などの面で、緻密なライフデザインが施されていることに驚きます。彼ら作り手がかつて思い描いた未来と私たちが実際にくぐり抜けてきた時代とを見比べると、意外と当たっている部分も多いのではないでしょうか。

*すぐそばにある近未来をデザインする

さて、今回ご紹介する『アフター・ヤン』は、先に挙げたSF大作とは比べようのないほど小さな規模ではあるものの、観客の心に何かじわっとした感情の広がりをもたらしてくれる作品です。このインディペンデント映画は、VFXやセットにかけられるお金が少ない代わりに、研ぎ澄まされたアイデアと美術、設計力で勝負します。息をのむような未来絵図はありませんが、些細な描写に小さな宝石のような気付きと発見がいくつも挟み込まれ、私たちが今いる現在地のすぐ先にこの光景が本当に広がっているかのごとき気持ちにさせてくれます。遠すぎず、近すぎず。もし小さなお子さまがおられるご家庭なら、その子がちょうど大人になった頃、本作の世界は日常となっているかもしれません。

監督を務めるのは、日本を代表する巨匠・小津安二郎を敬愛する韓国系アメリカ人、コゴナダ。彼は長編初監督作『コロンバス』(2017)で、モダニズム建築が点在するアメリカの街並みを使って、まるで一つひとつの建築物が登場人物の心理模様を投影しているかのような、透明感溢れる作品をつくり出しました。公開当時、これを「建築映画」と呼ぶ人がいたほど空間設計が豊かで、それでいてあらゆる要素が静かにストーリーと溶け込んでいく―。同様のこだわりは、長編2作目のこの『アフター・ヤン』でさらに興味深く研ぎ澄まされています。

*AIロボットの中から溢れる感情とは?

物語の舞台は、今から数十年先の未来。茶葉の販売店を営むジェイク、妻のカイラ、中国系の養女ミカは“もう1人”のかけがえのない家族と共に毎日を送っています。それは家庭用AIロボットのヤン。外見は人間とまったく変わらず、あらゆる知識について造けいが深いうえ、ミカにとっては彼女の成長をいつも見守ってくれるお兄ちゃんのような存在です。そんな彼がある日、突然、動かなくなってしまう。ジェイクは彼を修理店へ持ち込んで中身を見てもらうのですが、するとそこには非常に特殊な部品が。さらに内部に刻まれたメモリバンクを分析すると、もはやロボットと人間との区別がつかないほどの感情の流れ、ひそかな想い、家族への慈しみの気持ちなどが溢れていることがわかってきます。

*柔らかな未来図、そして多様性の大切さ

AIといえば、最近ではビッグデータ分析などで活躍したり、音声アシスタントとしてすぐ身近な存在に思えたりすることも多い一方、いずれ人間の仕事の多くがAIで代用されるのではないかとの見方もよく聞きます。少なくとも現時点で“未知なる存在”なのは事実。しかし、だからと言って私たちは怖がりすぎず、もっと柔軟にこれらを受け止めてもいいのかもしれない。そう思えるほど、本作はまるで小津の映画を見ているように静かで味わい深く、未来なのにどこか懐かしい手触りで物語を紡いでいきます。未来へ向けられた一筋の希望といいますか、淡い温もりがずっと心の中に留まり続ける作品です。

実は本作、物語の舞台がどこなのか定かではありません。ただ、ジェイク役のコリン・ファレルはアイルランド出身で、カイラ役の女優はイギリス生まれのアフリカ系、ミカ役の子役はアジア系と、この血のつながりのない3人の構成要素を見ているだけで私の中ではおのずと“世界地図”が浮かんできました。そこにもう1人の大切な家族としてAIの存在があるわけで、コゴナダ監督はまるで未来における“多様性”の1つの形として、この家族を象徴的に提示しているようにも思えます。そこには互いにわかり合えない点や未知なることも多々あるでしょう。しかしそれらを乗り越え、個々が思い合い、受け入れ合うことで、より結束力は増し、未来へ向けた可能性は広く切り開かれていくのかもしれません。

それはビジネスの現場においても大いに当てはまること。時代の急激な流れとともにあらゆる物事が変化を余儀なくされる中、たった1人でそれらに対抗することは不可能ですが、支え合える仲間がいれば話は別です。唯一無二の個性や能力や長所が最大限に生かされる時、多様性は捉え方次第で“進化”の大きな原動力となり得るはず。

と、そんなことにまで思いをはせてしまう『アフター・ヤン』。芸術に触れるには最適の季節です。興味深い映画体験を通じて、“ちょっと先の未来”を見つめてみてはいかがでしょうか。

《作品情報》
『アフター・ヤン』
2021年 / アメリカ/ 96分 / 配給:キノフィルムズ
監督・脚本・編集:コゴナダ
出演:コリン・ファレル、ジョディ・ターナー=スミスほかTOHOシネマズ シャンテほかにて全国公開中
人型ロボットが一般家庭にまで普及した未来世界。茶葉の販売店を営むジェイク、妻のカイラ、中国系の幼い養女ミカは、慎ましくも幸せな日々を送っていた。ロボットのヤンが故障で動かなくなり、修理の手段を模索するジェイクは、ヤンの体内に一日ごとに数秒間の動画を撮影できるパーツが組み込まれていることを発見する。
 
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《著者プロフィール》
牛津 厚信 / Ushizu Atsunobu
 
77年、長崎県生まれ。明治大学政治経済学部を卒業後、映画専門放送局への勤務を経て、映画ライターに転身。現在は、映画.com、CINEMORE、EYESCREAMなどでレビューやコラムの執筆に携わるほか、劇場パンフレットへの寄稿や映画人へのインタビューなども手がける。好きな映画は『ショーシャンクの空に』。

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