コラム

シネマでひと息 theater 3
良質な映画は観た人の心を豊かにしてくれるもの。それは日々のリフレッシュや、仕事や人間関係の悩みを解決するヒントにもつながって、思いがけない形で人生を支えてくれるはずです。あなたの貴重な時間を有意義なインプットのひとときにするため、新作から名作まで幅広く知る映画ライターが“とっておきの一本”をご紹介します。

誰にでも気になる芸能人の1人や2人いることでしょう。私の場合はというと・・・それはダントツでさかなクンです。さすがに逐一情報を追いかけることはしませんが、テレビからあの「ギョ!ギョ!」という甲高い声が聞こえてくると見入ってしまいますし、次の瞬間、彼のあふれ出る情熱に笑顔がこみ上げ、さらに淀みなく湧き出す知識の深さにグッと心をつかまれます。「多くの人にお魚さんのことを大好きになってほしい」という彼の使命感とエンターテインメント精神はとにかく圧倒的。と同時に、そのキラキラした姿はいつも私たちに1つの問いを投げかけているように思えます。「あなたには、胸を張って“好き”と言えるものがありますか?」と。

*夢を追いかけ続ける、さかなクンの半生を描く

9月1日公開の新作映画『さかなのこ』は、さかなクンが自分の半生についてつづったエッセイ本をベースにした作品です。魚のことが大好きな主人公“ミー坊”が、その気持ちの純度を少しも失うことなく成長し、それなりに悩んだり、葛藤したりもしながら、いつしか自分の夢を実現させていく――。監督と脚本を手掛けた沖田修一さんは、思わずふっと笑ってしまう独特のユーモアや、味わい深い登場人物たちの描き方に定評のある人で、本作でも映画ならではの脚色を散りばめながら、さかなクンの分身ともいうべきミー坊の冒険を展開させていきます。

さらに、主演として抜てきされたのは、女優で創作あーちすとの“のん”さん。え?女性が男性役なの?と不思議に思われる方もいるかもしれませんが、そこはNHKドラマ『あまちゃん』などで純粋で真っ直ぐな主人公を演じた彼女ですから、本作でも性別を超越した魅力で主人公を躍動感たっぷりに演じ切ってくれます。これが本当に「お見事!」と拍手を送りたくなるほど素晴らしいのです。

*名言1:「普通って何?」

劇中のミー坊を見つめていると、いくつもの胸に染みるセリフが浮かび上がってきます。例えば、序盤の鍵を握るのが「フツウ」という言葉。周囲の人々はミー坊に「普通にしなさい」と諭します。けれどそういった時、ミー坊は瞳を輝かせて「普通って何?」と問い返すのです。なるほどな、と思いました。彼には普通という足かせが存在しないのです。だからこそ高く飛べる。もしここでミー坊が普通を受け入れ、常識にたやすく屈服していたら、彼の“好き”はなんら特別なものではなくなっていたかもしれません。彼は勉強ができなかったり、没頭すると止まらなくなったりしてしまう性格の持ち主ですが、逆に1つのことを普通じゃないくらいとことん磨き上げる体現者とも言えます。この問いなくして、今のさかなクンは生まれ得なかったのです。

*名言2:「好きに勝るものはなし!」

これもまたよく聞く言葉ですが、さかなクンの人生と重ねると味わい深さがまるで変わってきます。幼い頃から魚好きや絵の才能など唯一無二の個性を伸ばしてきた彼。イラスト付きの壁新聞を欠かさず発行したり、自宅で多くの魚たちのお世話をしたり、学校ではカブトガニの飼育と日本初の人工ふ化に成功したり・・・周囲からすると、すべては絶やすことのなかった努力の結果のように思えます。しかし当人の側からしてみれば、根底にあるのは何よりもまず“好き”というみずみずしい感情なのであって、もし好きでなければかくも突き抜けた努力など生まれなかったに違いありません。本作にはこの他にも、ミー坊がいくつもの決断を下す場面がありますが、社会の荒波にもまれたり、自分に適した仕事が見つからず悩んだりしながら、やっぱり最後には「好きに勝るものはなし!」の理念へと立ち戻っていきます。さかなクンが今や日本中で人気を博している理由は、実際のところ、ここにありそうな気がするのです。正直、魚に詳しい人ならば他にも存在するでしょう。けれど、彼の姿にはやっぱり“好き”があふれている。だからこそ私たちは彼を見ていて楽しいし、幸せになれるし、大きな元気をもらえるのだと思います。

*どこまでも個性を伸ばす。唯一無二の才能を育てる

なぜ、これほどの才能が育まれたのか。理由を探る上で欠かすことのできないのがお母さんの存在です。井川遥さん演じるミー坊の母親は、決して教育熱心なタイプではありません。しかし、息子の前で決して「NO」と言わない点では一貫しています。何事も否定から入るのではなく、まずは全面的に受け入れる。そうやって可能性の間口を十二分に広げた上で、彼に自己決定させるのです。もしかすると幼い頃からこの習慣が染みついていたからこそ、ミー坊は知らないうちに安心感に包まれ、その才能をただひたすら、まっすぐ伸ばしていけたのかもしれません。

それぞれの仕事の現場において、部下や新人を育てる立場の方もいらっしゃるでしょう。また、さかなクンのように何かをとことん極めねばならない方も大勢いらっしゃるはず。人生は道なき道だからこそおもしろい。毎日をたくさんの“好き”で満たして前に進んでいく上で、映画『さかなのこ』はまさに心の指針となりうる一作と言えそうです。

《作品情報》
『さかなのこ』
2022年 / 日本/ 配給:東京テアトル
監督・脚本:沖⽥修⼀、脚本:前⽥司郎
出演:のん、柳楽優弥、夏帆、磯村勇⽃、さかなクン、井川遥ほか
9⽉1⽇(⽊)よりTOHO シネマズ ⽇⽐⾕ ほかにて全国ロードショー 
お魚が大好きな小学生“ミー坊”。他の子どもと少し違うことを心配する父親とは対照的に、すべてを肯定し続ける母親に背中を押されながら、彼はのびのびと大きくなる。やがて1人暮らしを始めたミー坊は、思いがけない出会いや再会の中で、多くの人に愛されながら、自分だけが進むことのできる道に飛び込んで行く。
 
(C)2022「さかなのこ」製作委員会
 
 
《著者プロフィール》
牛津 厚信 / Ushizu Atsunobu
 
77年、長崎県生まれ。明治大学政治経済学部を卒業後、映画専門放送局への勤務を経て、映画ライターに転身。現在は、映画.com、CINEMORE、EYESCREAMなどでレビューやコラムの執筆に携わるほか、劇場パンフレットへの寄稿や映画人へのインタビューなども手がける。好きな映画は『ショーシャンクの空に』。

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