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コラム

未来の老舗を築く 開拓者の道

2010年頃から、日本でも第三次コーヒーブーム「サードウェーブ」が巻き起こった。それと共に注目されてきているのが、1つの農場から生産された豆を、他と混ぜることなく味わう「シングルオリジンコーヒー」だ。しかし、そうしたブームよりもずっと前から、“生産者の顔が見えるコーヒー豆”に注目し、その探求と普及に尽力してきた人物がいる。(株)丸山珈琲社長、丸山健太郎氏である。長野県・軽井沢の小さな喫茶店に端を発し、良質な豆を求めて世界中を飛び回りながら事業拡大を続けてきた同氏の口から語られるのは、熱するほどに深みを増し続けるコーヒーへの思いだった。

 

紆余曲折の末に定まった道

年初から春にかけては中米へ、夏が近づく頃には南米、そしてアフリカへ。コーヒー豆の収穫期に合わせて産地を飛び回り、買い付けを行う(株)丸山珈琲の社長・丸山氏は、1年の半分以上を海外で過ごす。特異なライフスタイルだが、経営者となる前にも同じような生活を送ったことがあるという。

「僕が学生の頃はバブル期の後半で、社会全体の華やかなムードとは裏腹に、若者や学校の雰囲気はどこか殺伐としていました。その中で勉強する閉塞感や束縛感に嫌気が差した僕は、高校を卒業してすぐに、お金を貯めて海外へ旅に出たんです。インドやイギリス、アメリカといった国々を訪れ、できるだけ長く滞在しては、次の資金を貯めるために一時帰国する、という日々でしたね。今になって振り返ってみると、自分自身の内面とじっくり向き合う大切な時間だったように思います」

数年間の有意義な“放浪生活”を経て、丸山氏は長野県・軽井沢に根を下ろす。妻の実家の、かつてペンションだったスペースを借り、喫茶店「丸山珈琲」をオープンする運びとなったのだ。世界中を旅する動的な暮らしから、一所に留まって店を構える静的な暮らしへ。対照的と思える生活の変化に戸惑いはなかったのだろうか。

「社会復帰にあたって、海外経験や語学力を生かし、最初は通訳や翻訳の仕事をしようと考えていたんです。しかし、そう簡単に仕事のあても見つからず、勉強は続けながらも悶々とした日々を過ごしていました。そんな折、妻の両親が声を掛けてくれたんです。場所を貸してあげるから勉強しながら喫茶店経営をやってみたら、と。もちろん生活のギャップは感じましたが、それまでに『十分、外の世界を回った』と自分で納得していたので、特に苦しいとか辞めたいと思ったことはありませんでした」

翻訳の勉強を続ける建前として始めた喫茶店経営。しかし、生来の凝り性である丸山氏は、経営を続けるうちに、コーヒーの奥深さに興味を引かれていくようになる。

「実は、僕はもともとコーヒーは刺激物だと思ってあまり好まなかったんです(笑)。だから、開店当初のメインメニューはイギリスで学んだ紅茶と、インドでつくり方を覚えたカレーでした。ただ、コーヒーも出すからにはおいしいものを提供したいと考えて、いろいろと調べたり、自分の足で東京の有名なお店を回ってみたりしたんです。すると、各店の味の違いや焙煎の奥深さを知る度にショックを受けて──。もちろん紅茶も奥深い世界ですが、コーヒーは焙煎や豆の挽き方など1つの工程が少し違うだけで味も大きく変わる分、落とし穴がたくさんあり、より勉強しがいがあると感じました。そうして日に日にコーヒーにのめり込んでいった僕は、本格的に豆の選定や焙煎の研究をするようになり、約10年をかけて基礎を固めていったのです」

 
 

運命的だったシングルオリジンとの出会い

自らが進むべき道を定め、コーヒーの世界に足を踏み入れた丸山氏。研鑽を積んで職人としての知見を身に付けた頃、全く新しいセグメントが生まれたという情報が日本に入ってくる。その発信源こそが、シングルオリジンコーヒー市場だった。

「1990年代後半から2000年代初頭にかけて、複合的な理由からコーヒーの国際取引相場価格が大暴落したんです。その頃まで、生産されたコーヒーは集荷場に集められ、同じ地区のもの同士を混ぜて売られていました。だから、一般にストレートコーヒーと呼ばれる『ブラジル』『コロンビア』なども含め、全て『ブレンドコーヒー』だったんです。しかし、相場価格の暴落で、生産農家はどれだけつくっても利益が上がらない状況になり、廃業する農園も増えてしまい・・・。そんな中、生産者たちの間で広まっていったのが、農家単位で直接売買する“シングルオリジン”の考え方でした。その流れは程なく日本にもやってきたのですが、当初は懐疑的な人も多く、リスクを恐れる大手企業はすぐに参入しようとはしなくて。そのおかげで、小さな喫茶店の店主に過ぎなかった僕にも参入のチャンスが巡ってきたんです。ちょうど自分の中で基礎固めが終わった時期でもあったため、タイミングとしては完璧だったと思います」

シングルオリジンコーヒー市場への参入を決めた丸山氏は、2001年にブラジルで開催されたコーヒー品評会「COE(カップ・オブ・エクセレンス)」に参加した。そして、それまでの常識を覆されるようなコーヒーの数々と出会い、衝撃を受けることになる。

「COEに初参加した時はまだ駆け出しでしたから、例えるならリトルリーグの選手がメジャーリーガーたちに囲まれているような状況で(笑)、その場にいるだけで浮き足立ちましたね。欧米のテイスティング手法も今まで学んだものと違ったため、一から勉強し直しました。
 でも何より驚いたのは、やはりコーヒーの味です。良質なシングルオリジンコーヒーは酸味に特徴があり、そこに農家ごとの味の違いがしっかり現れます。実際に飲んでみると、本当に一つひとつ全く味が異なり、『この農家のこの品種の味はこうなんだ』と感動しました。同時に、この味をもっと多くの人に広めていきたいという思いが芽生えたんです」

その思いに突き動かされ、丸山氏は翌年のCOEで「アグア・リンパ」というコーヒー豆を当時の史上最高価格で落札。その実績を契機に、レベルの高い生産者たちとのパイプを次々と築き上げていった。

「僕は若い頃に海外で多様な背景を持つ人たちを見てきたので、生産者の哲学にも心から共感でき、相手にもそれが伝わるのか、すぐに意気投合できるんです。そのため今では、年に15ヶ国以上を回るほどのパイプを築くことができました。生産者にはそれぞれ目指す味というものがあります。そして当たり前のことですが皆、生活や性格が異なり、世帯主がいて、家族がいます。そんな彼らに実際にお会いして触れ合ってみると、一人ひとりが本当に面白く、尊敬に値する方ばかりなんです。だからこそ、コーヒーの向こう側にいる生産者たちの存在を、いかにプロモートして、光を当てていくかということが、僕がシングルオリジンにこだわる原動力になっています」

誰もがシングルオリジンを楽しめる世界に

そして2017年にはついに、東京・表参道にシングルオリジンコーヒーのみを取り扱う「表参道 Single Origin Store」をオープンさせた。シングルオリジンの普及について、丸山氏は展望を語る。

「シングルオリジンに力を入れ始めてしばらく経ちますが、丸山珈琲全体における売上の割合は3〜4割程度。お客様が普段飲まれるのは、まだ圧倒的にブレンドコーヒーのほうが多いです。表参道の店舗も、ふらっと来店される方よりは、シングルオリジンコーヒーを目的にいらっしゃるお客様が多く、ライトな層に浸透していくにはもう少し時間がかかると思います。それでも、僕たちの取り組みについてちょっとでも興味を持ってもらえたらと、最近は“Discover Coffee”と銘打ったプロジェクトを立ち上げました。公式サイトで生産農家の様子をまとめたプロモーションムービーを公開したり、生産者とその家族をドキュメンタリー風に紹介したりしているんです。他にも生産者の顔写真付きのメニューを配布するなど、とにかくビジュアルで分かりやすく格好良いと思ってもらえたらと。例えばワインも、最初はラベルのデザインで買うことがありますよね。コーヒーも同じように、生産者のおじさんの顔とか(笑)、いわゆるジャケ買いがあってもいいじゃないですか」

シングルオリジンに対して誰よりも強いこだわりがあるからこそ、あえて敷居は低く。そうして裾野が広がれば、自然と丸山珈琲に多くのファンが集まってくることを、丸山氏はちゃんと分かっているのだ。

「丸山珈琲の各店舗には、優秀なバリスタが常駐しています。お客様にはおすすめの豆の選び方や淹れ方のレクチャーも気軽に行えますから、コーヒーに興味を持った方にとっては絶好の環境だと思いますよ。バリスタ育成に関しても、デンマークで知り合った元世界チャンピオンのバリスタをコーチとして迎え入れ、独自のシステムを構築しているんです」

では、丸山氏自身は事業のゴールをどこに置いているのだろうか。最後に将来の夢について尋ねてみると、とても朗らかに、かつ現実的なビジョンを語ってくれた。

「いつかは自分で農園を持って、コーヒー豆をつくってみたいという気持ちはあります。でも、今はまだそれをやる時期ではないかなとも思います。コーヒーはとても繊細な作物で、少し気候が変化しただけで品質も大きくブレてしまうんです。それでいて、農園を始めてから最初の商品ができるまでには4、5年を要しますから、これだけ短期間に気候が変動している今、コーヒーをつくり始めるのは難しいでしょう。もっと長い目で見れば、コーヒーという作物自体、いつまで安定して収穫できる環境を維持できるか分からない。それでも、生産者から豆を購入し、1杯のコーヒーとしてお客様に提供するまで、全ての工程に携わり得てきた知見は、間違いなく会社の財産になっているはずです。やろうと思えば、コーヒーに限らず、カカオや他の農作物を手掛ける生産者へ向けたコンサルティング事業も、生産そのもののサポートも、何だってできるという自信があります。そうした複数の“指し手”を持っておけば、世の中がどんなふうに変化しても、それに合わせた最善の一手を打つことができるのです。その意味で、未来がやってくることが本当に楽しみですし、どういう舵取りをするにせよ、常に価値を創造することに自分も協力していきたいですね」

(文・鴨志田玲緒)

■プロフィール
株式会社 丸山珈琲
代表取締役 丸山 健太郎
 
神奈川県出身。高校を卒業し、海外を放浪する生活を数年間続ける。その後、妻の実家のペンションが廃業したことを機に、元ダイニングのスペースを借り、「丸山珈琲」として喫茶店経営を開始。2001年に国際的なコーヒー品評会「COE(カップ・オブ・エクセレンス)」に初参加し、シングルオリジンコーヒーの奥深さに衝撃を受ける。2005年に有限会社化、2014年に株式会社化し、日本におけるシングルオリジンコーヒーの普及に尽力。2017年には東京・表参道にシングルオリジン専門のショップをオープンした。2018年7月時点で、長野県と東京近郊を中心に11店舗を展開する。
 
 
■会社情報
〒389-0103
長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢1154-10
創業 1991年4月
資本金 1300万円
URL http://www.maruyamacoffee.com/
 
 

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1999年、25歳で世界7大陸最高峰登頂を達成し、当時の最年少記録を打ち立てたアルピニスト・野口健氏。15歳で初めて山に登って以来、登山はもちろん、清掃登山をはじめとした環境問題や社会貢献に関するさまざまな活動に勤しんできた。枠にとらわれない挑戦を続ける同氏を突き動かすものとは何なのだろうか。その唯一無二の哲学を伺った。

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