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コラム

Special Voice 逆境に打ち勝つ精神術

 
人が大きな夢や目標へ向かって歩みを進めるとき、その人の前には必ず、いくつもの逆境が立ちはだかる。壁にぶつかり、耐え、乗り越えなければ、夢はかなわない。だが、逆境を跳ね返すためには強靭なメンタルが必要だ。不屈のレーサー・丸山晄一郎(旧姓:石井浩一郎)氏に、様々な逆境に打ち勝つための秘訣を聞く特集企画。3回連載の第1回は、「夢へ向かう推進力」を、同氏の幼少期から探っていく。

 

丸山 晄一郎
1974年6月生まれ。小学5年生の時にTV中継でロードレース世界選手権を観たことがきっかけでレーサーを目指す。度重なるケガや難病といった逆境をことごとく跳ね返しながら、2輪、ラリーのナビゲーター、スーパー耐久、FJ1600など様々なカテゴリーに挑戦。現在は北米で最も人気のあるモータースポーツ「NASCAR」にフル参戦することを目指し、活動を続けている。
 
NASCARについて
アメリカ・フロリダ州のデイトナビーチ発祥の歴史あるストックカー・レース。楕円形のオーバルトラックを、車間のない隊列を組んだまま疾走するのが特徴で、そのスピードは時に時速300kmにも達する。常にクラッシュの危険が隣り合わせだが、コンマ1秒を競い合うスリルに熱狂するファンが多く、アメリカ合衆国では最も人気のあるモータースポーツとして普及している。

 

─丸山さんの夢が決まった瞬間は?

小学5年生の時、7つ上の姉がバイクの免許を取ったんです。その頃からバイクに乗るのにヘルメットが必要になって、家に置いてあった姉のヘルメットを見て「この格好いいものはなんだろう」と思っていました。それから程なく、TV中継でロードレースの世界選手権をたまたま観る機会があって、オートバイ同士の激しい競り合いを目の当たりにした瞬間、「この世界に行こう」と僕の夢は決まりましたね。
 

─夢に向かってすぐに動き出せたか?

中学生からすぐにアルバイトを始めて、高校生になると学校の裏に拠点があったレーシングチームにこっそり入れてもらいました。アポも取らずに「レーサーになりたい!」と突然訪問したのに、「じゃあなればいいよ」と受け入れてくれたんです(笑)。そこの工場でバイクのカウルをつくるバイトもして、とにかくバイクを買うためのお金を貯めて・・・計画的にというより、迷ったり悩んだりする暇がないくらい、ただただバイクとレースのことだけを考えて行動し続けました。
 

─初レースに挑んだときの心境は?

レーシングチームの人に「夏に長野で耐久レースがあるから出ない?」と誘われて、「出ます」と二つ返事をしてレース初参戦が決まりました。僕は晴れ男なのに、初レースが人生において唯一の雨天開催で(笑)、バイクに乗るのもほぼ初めてだったので、カーブをろくに曲がれずに転びまくりました。でも、恐怖心は全くなくて、「目の前の人ができることがなぜできないんだ!」という悔しさと、レース中にだんだん上達して曲がれるようになっていくことへの楽しさだけでしたね。僕にとって、何かができないことの悔しさは一番のモチベーションになるんです。それからも1日2000円で走れるコースを探して練習し、小さいレースにはどんどん参加しました。
 

─周りと違う進路選択への迷いは?

それも全くなかったですね。同級生の中で卒業後に就職しなかったのは僕だけでしたが、サラリーマンになるつもりは毛頭なかったし、高校は自分の進路を自分で決めるための場所だと思っていましたから。1度、僕がバイクレースに参加していることを友達がうっかり先生の前で話してしまい、禁止にされかけたことがあって。でも、僕は「本気でレーサーを目指している人間がレースを禁止される道理はない」と思って、体育科で一番怖いと言われていた担任の先生に攻めのプレゼンを行いました。すると半年後には、「公道で走らなければレースに出ても良い」という許可をもらえたんです。今思えば懐の広い学校だなと思いますが、僕自身がしつこいくらいに自分の夢を言い続けたことで、熱意が伝わったのかもしれませんね。
 

─夢に向かってブレずに歩む秘訣は?

本当に自分がしたいことは何であるのかを、常に自問するということですね。自分の人生を決めるのは、最終的には自分。だから、他人が何と言ってこようが、自分との対話をしっかりして、進むべき道に間違いがないことを自分で確認できていれば大丈夫なんです。実は僕も20歳の頃に一度だけ、自分の夢が分からなくなってしまった時期がありました。そのときは自分の意志を確かめようと、それまで集めてきたバイクの雑誌やビデオも全部捨てて、一度家の中を空っぽにしたんですよ(笑)。その中で工事作業員とか花屋さんの販売員とかいろんな仕事をやりながら、「自分は何がしたいんだ」ということを自分自身に問い続けました。そんな折、知り合いの紹介でバイトをしていたところに来た会社の社長から、「君はずっとここにいる感じでもなさそうだけど、何がしたいんだい?」と聞かれて。その問いかけに僕は「レースがしたいです」とすんなり答えられたんです。長い自問自答の末に、その答えに辿り着いていたんでしょうね。すると、社長は「やれるだけやってみたら?」とスポンサーになってくださり、それから1000ccクラスの大きな大会にも出場できるようになりました。こんな風に自分自身の夢と真摯に向き合えたからこそ、僕はレーサーとして今日までブレずに歩んで来られたのだと思います。
 

第2回に続く

 
 
 


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