コラム

老舗企業 担い手の道

 
麦ごはんをもっとおいしく──創業社長の思いから開発された、黒い筋のない「白麦米」。それが、“はくばく”の由来であり、原点だ。戦前より穀物と真摯に向き合い続けてきた山梨の企業は今、穀物の魅力と日本古来の食文化を広く伝えることで、世界中の人々の豊かで健康な食生活に寄与しようと奮闘している。主食への圧倒的情熱と、時代のニーズを読み解く冷静さを持ち合わせる三代目社長・長澤重俊氏に、事業に懸ける思いやビジョンを聞いた。

 

幼くして抱いた会社を継ぐ意志

1941年の創業以来、ひたすらに穀物──それも大麦や雑穀をおいしく食べるための研究と商品開発を行ってきた(株)はくばく。三代目である現社長・長澤重俊氏は、本社お膝元の実家で生まれ育ち、幼心ながらも自らが会社を継ぐことを意識していたという。

「後継者としての自覚は、幼稚園生の頃から持っていました。父は当時、社長として全国を飛び回っていたのですが、創業社長である祖父と同居していたので、祖父の話を聞いているうちに自覚が芽生えたのかもしれません。自分でも、経営者は向いていると思っていたんです。ただ、一度は外の世界に出て自分の実力を知る必要があると考え、東京大学卒業後は住友商事(株)に入社しました。配属されたのは食品第二部というところで、生豆のグリーンコーヒーをブラジルやコロンビアから輸入して大手コーヒー業者に卸す仕事を3年ほど手掛けました。それから、1992年に家業に入ったという流れです」

社会経験を積んで家業に入り、後継者として歩み始めた長澤氏。しかし、社長就任前から会社の経営難と向き合うことになるなど、道のりは決して平坦ではなかった。

「入社1年目はいろいろな工場を回って現場を知り、2年目には長野県でそばを製造する新会社と事業の立ち上げに参画しました。新婚の妻と子どもを連れて、工場のある山奥の村に移住し、家賃が月2万円の集合住宅で約2年暮らすことになって(笑)。でも、若くして創業の経験を積むことができたのは大きかったですし、父の親心だったと思います。その後、本社の経営企画室に移ったのですが、ちょうどその頃、会社が大きな投資をしたオーストラリアの事業で思うような成果が上がらず、経営難に陥ってしまったんです」

その中で冷静に状況を分析した長澤氏は、不調の原因が商品ではなく売り方の仕組みにあることを見抜き、体制改革へと乗り出す。

「当時、製造部は少しでも利益を出すことに躍起になって、商品の原価を実際よりも少し高く設定して営業部に渡していました。そうすると一見利潤が上がるように見えるのですが、その風習が常態化していると、営業も原価に上乗せされていることを知っているから、お客様に売るときに安易に値引きをしてしまう。私はそこにテコ入れをして、簡単に言うと、つくった商品を標準原価のまま営業部に渡すよう製造部に指示しました。その上で、自分たちの努力によって従来の原価より安く製造することができたら、そのことを評価する制度にしたんです。すると、営業にも自分が売った値段がそのまま会社の利益に直結するという緊張感が生まれ、全社員が自らの頑張りによって利益を生み出すことに集中する仕組みが整っていきました。その結果、少しずつ業績が上向いていき、窮地を脱することができたのです」

社員たちの意識を変える施策で、会社の士気も業績も高めていった長澤氏。その背景には、先代から受け継いだ哲学があった。

「私の父はよく、“社員が生き生きと踊る会社をつくりたい”と言っていました。私自身もその言葉に強く共感し、そういう会社づくりをしたいと常々思っているんです。あとは、大麦雑穀を通して世の中のお役に立つこと──これも引き継いでいくべき大切なミッションだと考えています」

長澤氏のそうした社会貢献への強い思いが最もよく表れているのが、2001年に地元のJリーグチームである「ヴァンフォーレ甲府」の公式スポンサーに就任したエピソードだ。

「最初は、スポンサーではなくコンサルティングのサポートをするつもりだったんです。でも、当時チームの社長を務めていた海野さんに“どうしてもスポンサーになってユニフォームの胸部に広告を出してほしい”と懇願されまして。それまで大きな企業のバックアップもなく、市民のクラブチームとして這い上がってきたヴァンフォーレを、地元企業として支えたいという気持ちも芽生え、スポンサーの締め切り日に引き受けることを決意しました。当初は連戦連敗を重ねる弱小チームのスポンサーになることに社内から不安の声も。しかし、おかげさまで2005年には見事J1昇格を果たすなど、今ではトップリーグでも十分戦えるチームに成長してくれました。当社も自社商品を選手たちに食べてもらうなど、一サポーターとしてもチームを支え続けています」

 

世界の“Kokumotsu Company”に

2003年に満を持して社長に就任した長澤氏は、改めて会社が進むべき道を考えた。その上で打ち出した理念が、「穀物の感動的価値の創造」である。

「創業以来、当社は大麦を主力商品として歩んできました。しかし、お客様のニーズを考えたとき、大麦が求められる理由が健康な食生活の実現であるならば、その価値を提供できる全ての穀物を取り扱い、むしろそれぞれの違いを楽しんで頂ければ良いのではないかと思ったんです。そこで、力を注いでいる企業が他に多数存在する米や小麦以外の穀物の分野において、トップシェアを獲得することを目標にしました」

そうして、「おいしさ味わう十六穀ごはん」「もち麦ごはん」などのヒット商品を次々と開発・販売していった長澤氏。主食である穀物を取り扱うことには、並々ならぬこだわりがあるという。

「穀物中心の食文化って、全世界を見渡してもあまりないんです。例えば、洋食はメインディッシュありきで、その付け合わせがパンですよね。アメリカの主婦も、その日の献立は『タンパク質を何にするか』から考えるそうです。でも日本では、とりあえずごはんを炊いて、それからおかずを何にするか考えますよね。これは、古代より培ってきた我が国ならではの食文化であり、人間が健康に生きるための理想の食スタイルとして、世界でも注目されているんです。もちろん、それを押し付けるつもりはありませんが、穀物中心の食文化にある合理性や有用性を正しく理解し、現代の人々のライフスタイルに生かせるようにしていくことが、私たちの役割ではないかと考えています」

また、長澤氏は穀物の魅力を広く伝えていくことの重要性についても熱く説く。

「身近にあるものだからこそ、みんな穀物のことを知っているようで実は知らない。そこで、それぞれの穀物の違いや魅力について当社が積極的に発信することで、もっと楽しんで穀物を食べて頂けたらと考えています。実際に、地元のスポーツ少年団の子どもたちに穀物の栄養素について教え、オリジナルブレンド雑穀を自分でつくって食べてもらうという取り組みもしているんです。ごはんに雑穀を混ぜると食感や見た目も変わりますし、毎日食べるものの中に、ささやかでも幸せや感動を見いだしてもらえたら幸いです」

最後に、同社のこの先の展開について尋ねてみた。

「当社はありがたいことに、国内では大麦や他の雑穀においてトップシェアを獲得し、恵まれた立場にあります。だからこそ、大手外食チェーンやコンビニにも当社商品を卸し、外食中食を問わず、いつでもどこでも大麦雑穀が食べられる環境を構築していくことに今後も力を注いでいきたいと考えています。
今、1人当たり1日約5g、食物繊維の摂取が足りないと言われていますが、水溶性食物繊維が豊富に含まれる当社の商品によってその摂取量が増加し、例えば糖尿病患者が減少するなど目に見える形で社会に貢献できれば、私たちの存在意義の証明にもなると思うのです。また、会社の将来を考えると海外にマーケットを拡大していくことも重要です。急激な経済成長によって生活習慣病の増加が予測される東南アジアに展開したり、もち麦の原産国であるアメリカに工場をつくって、肥満や心臓病に効果的であるというエビデンスを揃えた上で販売したりと、世界中に当社の商品を届ける計画も推進するつもりです」

極めて具体的かつ壮大なビジョンを掲げる長澤氏。その目標を実現するために必要なマインドについて、次のように語って締めくくった。

「信用こそ最大の財産である。それは、日々の誠の心の積み重ねによって築かれる──これは創業者である祖父の言葉です。私は、その誠の心とは、誠実さと情熱の中で見いだされるものだと考えています。他人に対してはもちろん、自分に対してもごまかしのない仕事を精一杯手掛けること。そうして社員一人ひとりが自分なりの誠の心でプロ意識を持って働き、お客様の信頼を勝ち得るような組織を、これからも築いていきたいですね」
 

■プロフィール
株式会社 はくばく
代表取締役社長 長澤 重俊
 
(株)はくばくの本社(現在は山梨県中央市に移転)が置かれていた山梨県南巨摩郡にて、創業者である祖父と先代にあたる父の背中を見て生まれ育つ。東京大学在学中はラグビーに没頭、卒業後は住友商事(株)に入社し、3年の修業期間を経て1992年に家業へ。工場勤務、新規事業立ち上げなどさまざまな経験を積む中で経営ノウハウを学び、2003年に同社代表取締役社長に就任。「穀物の感動的価値の創造」をミッションに掲げ、「おいしさ味わう十六穀ごはん」「もち麦ごはん」など多くのヒット商品を開発・販売している。また、社会貢献への強い思いから2001年よりJリーグチーム「ヴァンフォーレ甲府」の公式スポンサーも務める。 
 
■会社情報
株式会社 はくばく
山梨本社 〒409-3843 山梨県中央市西花輪4629
東京本社 〒103-0015 東京都中央区日本橋箱崎町30-1 タマビル日本橋箱崎6F
設立 1941年4月15日
資本金 98,000,000円
URL http://www.hakubaku.co.jp/ 
 

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