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コラム

シネマでひと息 theater 6
良質な映画は観た人の心を豊かにしてくれるもの。それは日々のリフレッシュや、仕事や人間関係の悩みを解決するヒントにもつながって、思いがけない形で人生を支えてくれるはずです。あなたの貴重な時間を有意義なインプットのひとときにするため、新作から名作まで幅広く知る映画ライターが“とっておきの一本”をご紹介します。

よく言われることですが、人の一生はあっという間に過ぎ去ってしまうもの。その限られた時間の中でどれくらい後世に誇れるような仕事を手がけ、自分の生きた証を刻むことができるでしょうか。こういう時、日本語の「金字塔」とは本当によく言ったものだなと、先人たちの言語センスに感心してしまう自分がいます(もともとは“ピラミッド”を意味する言葉だったそうです)。もしかすると世の中のあらゆるビジネスに携わる方々にとって、日々の絶え間なき業務はいわば、自らの金字塔をひたすら丹念に築き上げていく建造過程と言えるのかもしれません。

*パリのシンボルを築き上げた男の物語

では逆に、比喩でも何でもなく、本当に文字通りの金字塔を築き上げた人の胸中とは一体どんなものだったのでしょうか?3月公開のフランス映画『エッフェル塔~創造者の愛~』は、世界中の人々に愛され続けるパリのシンボル、エッフェル塔を築いた技師ギュスターヴ・エッフェル(1832年~1923年)に焦点を当てた物語です。高さ312.3mで、100%錬鉄製。当時の最先端技術を駆使したこの塔は、エッフェルが1889年に開催される「パリ万国博覧会」のモニュメント建造を競うコンペにて優勝したことで彼の手に委ねられることになりました。興味深いことに彼はこの一大事業に最初から乗り気だったわけではないようです。それがある日、急に心変わりをして参加を高らかに宣言したのだとか。冒頭に「本作は史実をもとに自由に脚色した」という文字が表示されますが、膨大な資料に触れてリサーチしても解けなかった「心変わり」の真相を、この映画では作り手たちが創作された物語(=フィクション)を交えて観客へ提示していきます。

*建造にはごく個人的な思いが秘められていた?

その「創作」の部分を少しだけ打ち明けますと・・・エッフェル塔建造への情熱には、かなわなかった“20年前の愛”が関係しているというのです。こういう時にすかさず「愛」を持ち出してくるのがなんともフランス映画らしい特色で、思わずニヤリとしてしまう映画ファンもきっと多いはず。と同時に、われわれが深く気付かされるのは、こういった公共のモニュメントであったとしても、一番の核となる部分には建造者自身のごく個人的で、なおかつ揺るぎない愛や情熱がしっかりと込められていることではないでしょうか。

もちろん、“愛”や“情熱”だけでは塔の重みは支えられません。そういった核をしっかりと補強するかのように、技術力があり、斬新なデザイン性があり、パリ市民や出資者たちの期待と支持があり(時には大きな反発もあったそうです)、さらには命懸けでこの建造計画に参加する多くの労働者たちの力がある。それらすべての思いが1つの塊になって燃え上がるかのように、あのモニュメントが土台部分から少しずつ形を成していきます。また19世紀後半のフランスには、いわゆる「ブルジョワジー」と呼ばれる中産階級の人たちと労働者階級との間にまだ大きな壁が残っていました。そんな時代の中で、労働者階級出身のエッフェルは建設技術者としての駆け出しの頃から、資本家と建設作業員たちの間に立ってさまざまな交渉に奔走してきた人であったことが本作では描かれます。このエッフェル塔建造の過程でも、ストライキ寸前まで感情を荒立てていく作業員たちの前で熱弁を奮って彼らの怒りを抑え、「どうか力を貸してほしい!みんなでこの塔をつくり上げよう!」と訴えかけるのです。

*あらゆる要素を調整しながら組み上げていく

実際に観光などでエッフェル塔を訪れた人からは必ずと言っていいほど「あの足元の造りに圧倒された」という声が聞かれます。地面から斜め角度に組み上げられた鉄構造の強じんさ。本編中では、セーヌ川脇の地盤に建つ「4本足」の高さをそろえるための慎重を期する調整作業が描かれますが、これは非常に象徴的な場面でもあり、まさにギュスターヴ・エッフェル自身、分裂しかかったさまざまな要素をあらゆる角度で見つめながら、愛と理念、ブルジョワと労働者階級、さらには期待と不安の入り混じった市民の感情などを見事にまとめ上げていったわけです。多くの建造物が数十年のサイクルで早々に朽ち果て、いつの間にか建造者の理念や想いも忘れ去られていく中、エッフェル塔は人の一生分の年月をはるかに超えて現在に至るまで134年もの間、愛され続けています。そんな塔建造の逸話を描いたこの映画もまた実に着想から24年を経て、さらには新型コロナによる撮影中断を乗り越えてようやく完成。今のところ目立った受賞歴などはないものの、しかしギュスターヴ・エッフェルの胸の内側にある強さと弱さが焼き付けられていて、何とも言えない等身大の人間味が漂ってきます。

私には、本作が彼の偉業を必要以上に大声で称えるのではなく、まさに観客一人ひとりに向けて「あなたは自身の“生きた証”をいかに築き上げますか?」と親密に語りかけているように感じられました。

《作品情報》
『エッフェル塔~創造者の愛~』
2021年 / フランス・ドイツ・ベルギー / 108分/ 配給:キノフィルムズ
監督・マルタン・ブルブロン 原案:カロリーヌ・ボングラン
出演:ロマン・デュリス、エマ・マッキーほか
2023年3月3日(金)より新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座ほか全国公開
 
1886年、フランス。ギュスターヴ・エッフェルはアメリカの自由の女神像の制作に協力したことで大いなる名声を獲得した。そんな中、3年後の「パリ万国博覧会」でシンボルとなるモニュメントとして誰が何をつくるかはコンクールで選ばれることに。エッフェルは「パリの真ん中に300mの塔をすべて金属で造る」と宣言する。
 
© 2021 VVZ Production – Pathé Films – Constantin Film Produktion – M6 Films
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《著者プロフィール》
牛津 厚信 / Ushizu Atsunobu
 
1977年、長崎県生まれ。明治大学政治経済学部を卒業後、映画専門放送局への勤務を経て、映画ライターに転身。現在は、映画.com、CINEMORE、EYESCREAMなどでレビューやコラムの執筆に携わるほか、劇場パンフレットへの寄稿や映画人へのインタビューなども手がける。好きな映画は『ショーシャンクの空に』。

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